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ことばを獲得する。

diary drawing

職場のすぐ近くにデパートがあってよくお洋服を見に行きます。キャメル色の秋物のノーカラーコートが可愛かったので妄想コーデ。ターコイズをあわせても可愛いなあ。欲しいかも。
お金がなくても妄想コーデができると楽しいです。フロアじゅうのアイテムをとっかえひっかえしたっていいのだ。もうちょっとふくらませて、たくさん描いていこう。

文章に上品・下品があるとして、萩尾望都先生の文章はまぎれもなく上品なものである。と「一瞬と永遠と」を読んで思いました。少女漫画家らしく、スキップするような軽やかなリズムの文体。いつまでも少女のようでありつつも、良い意味で年齢を感じさせるのであります。わかるだろうか、美しく年齢を重ねた女性だけがまとえる気品が。
文章についてこのところきちんと悩むようにしていて、毎回大学生に戻って課題の前で唸っている気持ちです。文章術の本を読んだり、毎回の感想文が1200文字以内できちんと書けるように工夫したり。書きたいことをまとめるときに、今考えていることをもっと深く大きなくくりで考えようとすると、たぶん何倍かの労力がかかるだろうな、でもその分何倍も「書きたい文章」になるだろうなと夢見る。それでもその労力はかけたくないから、思考の浅い部分でようやっと駄文を組み立てる。自分の意思でやっていることなのに、逃げたくてしかたない。何か言いたいことはあるはずなのに、じっくり掘り下げる作業は苦痛だし、まとめようとしたら今までそこにあったはずの思いがまったく掴めない。
たかが文章のくせに、なんやねん!でもその力をつかみたい。

と、もやもやしていたから、萩尾先生の自由なエッセイにヒントをいくつか見つけた気がする。対象の中でもっと気軽に泳いでいいんだよなあ。あんなかわいい文章を、書けるようになりたいな。

森博嗣さんが「書くということは『書きたいことを書く』のではなくて『書けることを書く』に過ぎない」と言ってて、この方は私が気になっていたり、悩んでいることについてなんでも書きすぎであると思った。どこが面白いか、を言葉を尽くして表現できるなんて稀であるが、やはり森博嗣さんの的確な言葉のあてかたを読んでいると、あのように自在でありたいと願います。ぐるぐるする思いをふさわしい言葉で表現することができたら。
自分だけにしか語れないことばを獲得したいです。ほんまに。逃げ出したくてしかたないけれど。