読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

またもや

足もみ

死に至る病…!」と呻くレベルの偏頭痛に襲われた。目からくるやつ。吐き気を伴ってやってくる頭痛に気力を奪われていく様は、まさに「自滅」という言葉がふさわしい。
そのような偏頭痛のときには必ずあくびがでる。酸素が脳にいってないかんじ。ザ・血行不良である。
もちろんこんな状態では頭痛薬が効果を発揮するのは難しいので、呻きながらなんとか寝てやり過ごすのだけど、今だいぶ良くなったので足湯をして足もみをしています。

足もみの効果にはずっと注目していて、1年前は通っていたりした。最近はなぜか遠のいてしまっているのだけど…。うう、手軽にいけるならいきたい。お気に入りのお店がちょっと遠いのです。行くのはいいんだけど、いつもほんとに痛くて揉みほぐされまくって、ちょっと体調的にはぐったりきちゃうんだよね。そうすると帰るときがきついという…。
しかし生理痛(血行不良なので当たり前に激しく重い)のときに足の反射区を触ってみたらほんとうに痛いんです。夜中にあまりにお腹が痛くて起きたとき、1時間くらい必死に足揉んだら軽減したし。最近それをまた実感して、ご無沙汰になっていた足もみ、やっぱり日常的にやらなきゃいけないなと思いました。

足の甲の痛み
足の甲、痛いなと検索して見つけたページ。うん、よくないそうです(笑)

そういえばお店で足揉んでもらってるとき、「こんなにふくらはぎが硬かったら毎日しんどいでしょう」と同情されたっけなあ。頭の反射区である親指もつねにパンパンだしなあ…(笑)
ちょっくら本をかって、真剣に続けてみましょうか。

髪の毛事情

drawing


さいきんのヘアケア周りです。パッケージの絵を描くの楽しい!

シャンプー、コンディショナーはアミノレスキューを使っていたけど、その後ロレアルの泡立てないタイプが気になってダブル使い。ラクレムラヴォンだけだとフケっぽくなっちゃうことがあるので、急いでるときはそれ一本、それ以外はアミノレスキュー→ラクレムラヴォンってかんじ。ダブル使いしたときはコンディショナーしません。
そしてこれ描いてる間にシャンプーが無くなったので、今度はハチカをお試し。私はアミノレスキューよりハチカのが合ってるみたい。洗った直後にきしまないのがよろしい!

そしてアウトバストリートメントもロレアル。ロレアルのオイル系めちゃくちゃいっぱい商品があるのだけど、まあ口コミに流されましたね……。好評の匂いだけど私にはスイカの匂いにしか感じられない…(笑)でも仕上がりはとてもよいです。

最後に、これで髪の毛の悩みのほとんどを解決してるのがナノケアドライヤー。こいつは最強である。ヘアビューロンもちらりと考えたけど、高いし科学的根拠の点で怪しい説明があり踏み切れず、新商品でたタイミングでこちらを。これもお値段けっこうしますけど、うーん、ぜんっぜん違うね!!ジムに行った時は備え付けのドライヤーを使うけど、それがとってもイヤになってしまった…。

というかんじのヘアケア事情。いまけっこう満足しているかも。

さて今でこそこんなアイテムをつかうけれど、去年の一年間は石鹸シャンプーにはまっていたりする。
去年の石鹸シャンプーについてのブログ.

成分が限りなくナチュラルであればぜったいに悪くないだろう、と思っていたのだ。それまでは確かアジエンスを使って、そのあとりんごのシャンプー「アップリノ」を使ったかな。絶えず頭頂部がキシキシする感じがあって、あとこの時書いてるけど、本当にパサつきが酷かった。美容室にいくたび「もっとケアがんばっていきましょうね〜」て言われていた。

そして石鹸シャンプーに出会う。きっかけはお顔の肌質改善の方法をネットで探し回っていたときに、無添加石鹸での洗顔→ホホバオイルやシアバターだけでケア、という無添加志向に興味を持ったことだった。「化粧水は肌の表面をふやかしているだけで、内側の乾燥を守ってはいない」…とか書かれていた。なので無駄なものをつけないで本当の肌を強くしていきましょう!みたいな。もちろんそういう人たちはシャンプーも石鹸でやるのである。リンスはクエン酸をお湯に溶かすのである。

私もその考えに同意し早速実践した。最初は無添加の極み、オリーブ石鹸である。かなり明るく髪を染めたあとだったけど、伸びてきても染め直すことはせず、がっつりプリンで我慢。髪なんて誰も気にしないだろう!と開き直って、その一年はずっとひっつめていた。石鹸シャンプー、最初はよいのかなーと思っていたけど、だんだんフケ気味が続いてきて、あと普通のシャンプーを使ったときみたいにサラッサラでまとまる状態がどうしても作れなかった。一年はがんばってみたんだけどね。んで、前にブログに書いたように、「女の運命は〜」を読んで「あ、もう石鹸シャンプーやめよう」と決意したのでした。

おそらく細い髪質のひとになら石鹸シャンプーは合うのかもしれないし、硬水だったのがいけなかったかもしれない。理屈の面では石鹸シャンプーの考え方は正しいといまでも思っています。でも、ちょっといいシャンプーとコンディショナーを使ったとき、アジエンスや石鹸シャンプーでは得られなかった指通りやツヤがそこにあって、ああもう戻れないなーと確信しました。。

8月にまえのヘアカラーが残っていたパサパサの毛先部分を切り落としたので、今の髪質は私史上最高である。もっともっとツヤが出るようにヘアケアがんばろう。白髪の悩みは残っていたりするんだけど。

おうつくしい人

drawing


鈴木えみさん。

ちょうど彼女がセブンティーンの女王だった時代に私も購読しておりました。あの時も最強…と思ったけれど、時が経ってギャルからモード系にシフトした彼女はさらに強くてよいです。私服がどんどん現代音楽かってくらいよくわかんなくなっていきますが、突き抜けたほうがかっこいい。
女優に方向転換しそうなときにそれをしなかった、という選択が私は嬉しい。よく思うんだけど、この世のものとは思えないほど美しい人たちの居場所、というか一番お金が稼げる場所が「女優」しかないって一体何なんでしょう。ほんらい演じることと器量の良さは別々のファクターであって、綺麗な人が演技をしがちな現状は「綺麗な人をみていたい」という観客の心理からくるものが大きいと思うのですね。なので「綺麗」は「俳優」の十分条件ではない、となると、もっと美をいかしたお金の稼ぎ方がうまいことないものかな…と思うのであります。あ、俳優は「歌手」にも変更が可能ですね。アイドルが歌を歌うのも美のまっとうな活かし方じゃないなあと感じてしまいます。

とゆわけでえみちぃがモデルメインでバリバリやってるのがかっこいいのです。彼女が子供の顔にスタンプを貼って、素顔を見せずに写真をあげるのも良い配慮!

ところでセブンティーン読んでいたころは徳澤直子ちゃんが大好きでした。今は看護のお勉強してるっぽいですねえ。えみちぃのインスタをみているとたまにあのころのメンバーが集まるので熱いです。

豊潤語

thoughts

ブログもSNSも自分のノートとは違う。ことばの存在のありがたさが変わってきてしまいます。このツールを使っているとむしろ一度覚えて使っていた言葉を忘れてしまいそうになります。言葉など話せなくても生きていけるけれど、自分が飽きてしまう。死ぬまでまだ結構ありそうなので私は私が飽きないようにしなければ。言葉はリッチに存在してほしい。
大詰め − う〜ん

ダンサー・振付け師の山田うんさんの言葉が密かに好きである。文章が押し寄せてくるというか、大量の言葉が短時間で一気に吐き出されているようなかんじ。それでいて興奮しているわけではなくて、一回体力を使い果たした後、回復を待ってから書かれているようにも思える。
ダンサーの第一言語がまさに「踊ること」であるならば、うんさんは日本語への翻訳がうまいと思います。いつもとてもユニークな言葉を読めるのです。ありがたや。

「言葉はリッチに存在してほしい」

今回の共鳴フレーズはこれ。ぼんやりと私も思い続けていたからです。うんさんは自分が発する言葉に対して「リッチでありたい」と書いていると思うんだけど、私は読む文章に対して、特に思います。
本来、文章って情報が伝達できれば目的は達成されているものですが、独自の表現を伴うものだったり、凛とした品位が感じられるものだったりを求めたくなる時があります。昔から、そういう文章で書かれたものを読むと「息ができている」と感じるんですねえ。
同時に自分にもそのような文章を書けることを望みますが(笑)、ともかく、自分が深呼吸できるような、素敵な文章を書くお気に入りの書き手がいるというのは幸せです。
いろんな分野でそんなひとをたくさん見つけなくてはいけない。

そんなことを考えるということは、それほど雑な文章で溢れているということでもある。手軽に表現できるツールが増えれば、言葉の扱い方が雑になるのも仕方ないことですね。最近特にうんざりしているのは、何か検索すると、どこかで得た情報をコピペしているようなまとめサイトばかりヒットするということです……イメージ写真ばかり貼り付けて何かとページ数を稼ぐあれです……Yahoo!知恵袋もトップにあがってきますね。このようなノイズをいかに避けるかというのは、今後とっっっっても大事になってくるでしょう。

昨日のおかいもの

drawing

アウトレットモールでウィンドウショッピングをしたら、気に入ったものを絵に描くまでがルーティンです。買わなくても絵に描けるから、お絵描きは便利である。
see by chloeのワンピほんとかわいかったです。5万円くらいのものが半額!っていうけどそういう問題じゃないよ!って思うよね。

メガネは度数も変えました。今まであんまりメガネ役に立ってなかったのでは…というくらい今スッキリ見えて嬉しい。私の顔には赤色が似合う模様。

やっぱり解体lover

drawing

初めて描きました 大型油圧ショベルっていうんですね〜
自分で撮影した写真ではショベルの番号がぜんぶ見えなくて、これがどの型なのかわかんなくてキャタピラーの製品をたくさんチェック。
重機は良いね!

ことばを獲得する。

diary drawing

職場のすぐ近くにデパートがあってよくお洋服を見に行きます。キャメル色の秋物のノーカラーコートが可愛かったので妄想コーデ。ターコイズをあわせても可愛いなあ。欲しいかも。
お金がなくても妄想コーデができると楽しいです。フロアじゅうのアイテムをとっかえひっかえしたっていいのだ。もうちょっとふくらませて、たくさん描いていこう。

文章に上品・下品があるとして、萩尾望都先生の文章はまぎれもなく上品なものである。と「一瞬と永遠と」を読んで思いました。少女漫画家らしく、スキップするような軽やかなリズムの文体。いつまでも少女のようでありつつも、良い意味で年齢を感じさせるのであります。わかるだろうか、美しく年齢を重ねた女性だけがまとえる気品が。
文章についてこのところきちんと悩むようにしていて、毎回大学生に戻って課題の前で唸っている気持ちです。文章術の本を読んだり、毎回の感想文が1200文字以内できちんと書けるように工夫したり。書きたいことをまとめるときに、今考えていることをもっと深く大きなくくりで考えようとすると、たぶん何倍かの労力がかかるだろうな、でもその分何倍も「書きたい文章」になるだろうなと夢見る。それでもその労力はかけたくないから、思考の浅い部分でようやっと駄文を組み立てる。自分の意思でやっていることなのに、逃げたくてしかたない。何か言いたいことはあるはずなのに、じっくり掘り下げる作業は苦痛だし、まとめようとしたら今までそこにあったはずの思いがまったく掴めない。
たかが文章のくせに、なんやねん!でもその力をつかみたい。

と、もやもやしていたから、萩尾先生の自由なエッセイにヒントをいくつか見つけた気がする。対象の中でもっと気軽に泳いでいいんだよなあ。あんなかわいい文章を、書けるようになりたいな。

森博嗣さんが「書くということは『書きたいことを書く』のではなくて『書けることを書く』に過ぎない」と言ってて、この方は私が気になっていたり、悩んでいることについてなんでも書きすぎであると思った。どこが面白いか、を言葉を尽くして表現できるなんて稀であるが、やはり森博嗣さんの的確な言葉のあてかたを読んでいると、あのように自在でありたいと願います。ぐるぐるする思いをふさわしい言葉で表現することができたら。
自分だけにしか語れないことばを獲得したいです。ほんまに。逃げ出したくてしかたないけれど。