まさかの洋画沼


すべてはダンケルクが原因だった

テレビの前にじっと座るのが苦手で映画はめったに観ない…はずなのに最近たくさん観るようになりました。
諸悪の根源(褒めている)はクリストファー・ノーラン監督のダンケルクです。初めて観に行ったときに私の中でなにかがスパークし、沼へとDIVE TO BLUEしたのでした。

ではダンケルクの何がトリガーだったのか。
ダンケルクという題材
戦争史についてはまったく知らないもののダンケルクの撤退は知っていた。これまた大好きな映画「つぐない」でも出てくるからです。映画よりも大好きなマキューアンの「贖罪」は確か高3あたりで読んだはずで、「イギリスが好き!」をアイデンティティにしようとしていた10代の私にとって大切な作品なのです。それにダンケルクを扱う映画ってそんなに無いので、久しぶりにその映画があるよって聞いたときはワクワクしたものです。そのあとにノーラン監督ってわかった。震えるしかなかったんだ。

・キリアンマーフィーが好き
10代のアイデンティティ確立のため、イギリス映画を観よう!と思ってさいしょにみたのが「オン・エッジ 19歳のカルテ」。その主役がキリアンでした。確かその映画はスマパンの1979がメインソングで、おしゃれでしたね。正確にはアイルランド映画だけどアメリカじゃない!ってのが重要だったのだ。それで最初にみたものを親と思い込むヒナのように私はキリアンを追いかけよう!と思ったわけですが、そのあと特に映画好きになるでもなく、ノーランのインセプションで思い出すのです。そのあとまた映画に冷めて、時は流れてこのダンケルクで戻って来たんです。

こうやってかいてみて、イギリス・ダンケルク・キリアンマーフィーのほかにノーランも原因の構成要素だということがわかりました。
インセプションも、その後のインターステラーも、ダンケルクも背景を勉強したくなるようにつくってくれますね。あと今回ではじめてIMAXが何なのかが分かったんですけど、沖縄にIMAXの映画館ないんですね。でも今回偶然が重なり東京に行く用事があって、そこでダンケルクIMAXを体験して、打ちのめされたのであります。えいがたのしいなって純粋に思えたんですね。

ので最近は観たやつ含めいろいろみています。ネットフリックスにも入ってしまった。
有名どころでみてないものもたくさんあるから、熱があるうちに観てしまおうと目論んでいます。たとえばパルプフィクションとか……

揺れるわたしをみる

性格のコンプレックスにがんじがらめになって、解決策を求めて本など開いてみると、救いの言葉というものがないことがわかる。
「そうよねえ、私もできんのよ」と共感するタイプのエッセイか
「ありがとうって言いながら暮らしましょう」と突き進む自己啓発本
「悩みを持ちながらなんとか毎日をすごせてるってことがバランスをとるということである」みたいな、その手の専門家の本。

とくにタイプ3は読んでもスッキリしないから抗いたくなる。昔はとくに本を読んだ気にならなくて、より分かりやすい答えを探して別の方向をむいたりしていた。そして分かりやすい答えはだいたい自己啓発本にあるのだが、実践するとまあ続かないわけで、また自己嫌悪に絡め取られるのである。

最近は、やっぱり前みたいに分かりやすい答えを探していながらも、その「割り切らずになんやかややり過ごし明日を迎える」ということが正解のようなものなのだろうなあ…と思えるようにはなってきた。
毎日はむかつくし、私に悪いところが山ほどあるし、避けてる問題は渦になって心のどっかにあるのだが
それでも壊れないでどうにか立っているというのは、もう「そういうもの」とでも言うしかない、人のあるべき姿なんだろうな。

河合隼雄さんと谷川俊太郎の「魂にメスはいらない」を読んでいてそんなことを思った。

毎日生きてるのは多分なんてことないんだけど、たまに思いっきり褒めてやりたくなる。ここに書くまでもなく、黙って褒めればいいのだ。そういうモードに針が振れるときは、平時と比較してはいけない。

感情やモードの揺れの振り幅の大きさはどうでもよくて、全体でみてバランスがつりあってれば悪くはないんじゃないかな
「自分を統合する」ってそういうことなんだろうな それが楽しいかというとまったくそうではないが

ワガノワのドキュメンタリーみました


生まれ変わったらバレリーナになりたい
白鳥の湖」の黒鳥の、このふりつけ美しいですよねえ

最終学年じゃないのにくるみ割り人形の主役をいとめたエレオノーラちゃん。最後の学年はすっかりワガノワの顔になって引っ張りだこになってて「おお…生まれながらのスター…」って眩しかったです。
なんかカメラの意図があざというというか、男の子に囲まれてるショットが多かった気がする(笑)。でもわかりますよ、男に囲まれててほしいってなんとなく願っちゃうかんじ……彼女は単なる美人っていうのを超えた美があります。それが個性なんだろうなあ

キリッとした顔をしているので黒鳥のメイク・衣装がピッタリでドキドキでした。でもまだ妖艶というよりは可憐さのほうが優っているから、必死に背伸びしてるようにみえてしまったね。その反面、卒業公演のパキータはもうめっちゃくちゃにかわいくってはまっててとってもよかった。というか私、単にコールドのふりつけに興奮しているだけかも…コールドとエレオノーラがおんなじふりつけするのがとても楽しいんですね。パキータのコールドやってみたい……体硬いけど

くるみ割り人形で人生大きく変わってしまったヴェーラちゃんもミュンヘンで再スタートきれてなによりです。身長の高いヴェーラが、自信とスキルを身につけたらきっとエレオノーラよりかっこいいオーラがでると思う。あんなに美人なのにシャイだなんてもったいないぜと思いました。
とくにロミジュリのコールドの衣装着てるヴェーラが完全に絵画だったのよ。ロシア人はルックスにかんして無敵だなあ。
あとドイツの新生活に少しだけ付き添ったお母様が、空港でお別れするときにファイティングポーズとったりして「がんばれよ!」って娘を鼓舞しつづけてるのが最高でしたね。

バレリーナになりたい気持ちがまた強まりました。過酷すぎるけども。

ようやく、すべFシリーズ!

今年2月あたりにシリーズ10冊合本版を買ってよみました。森博嗣せんせいのデビュー作シリーズ。小説は読まないつもりだったのに……
ミステリィの殺人で話を動かすシステムが嫌いです。死を扱うとたちまち深刻そうにできるから、なんかずるいって思ってしまうし、つくりものの話の中でも人命をもてあそぶのが嫌なんですね。医療ドラマだって深刻になりたいから、生死をさまようことが頻繁にある医療現場を舞台にするんだろうなーって思っている。感情をゆさぶられやすいですもんね。
しかし森ミステリィは感情を揺さぶる気がまったくなかったのだ。というか、そういうことよりも、謎をつくった意図を探ることや、深い意図を解きほぐす中で「人間が、ここまで考えてこんなことまで発想してしまえる」ことの凄さに感嘆することに主人公たちが忙しいんですね。殺人犯と被害者の間柄を詳しく書かないからあんまり興味もわかないので(笑)、謎を解く過程で主人公・萌絵ちゃんと助教犀川がめちゃくちゃ思考して連想して、いろんな発想が出てくるのを主に楽しみました。あとはもちろん、2人の漫才のような会話ね。
正直、ミステリィ部分まったくいらないんじゃないかって作品もありましたが、犀川先生が気乗りしないままどんどんトリックに気づいていっちゃって、それに萌絵ちゃんがキュンキュンしてるのが可愛いんですよね。あと萌絵ちゃんがガンガン事件に首突っ込むせいで危ない目にあって、犀川先生が呆れながらも体張りまくって助けるシチュエーションは、もう抗えない萌えポイントなのですね。
萌絵ちゃんも犀川先生も、キャラがほんとうにかわいくってかっこよくて。2人が珍しくいいかんじになるところは体温があがってしまいました。5作目の封印再度はちょっとしたご褒美。ていうか森せんせい、よく萌絵ちゃんという若い女の子のあれこれをあんなに書けたなあ。観察もさることながら、きっと先生の中にも萌絵ちゃんみたいな女の子がいるのかも。
でも物語の中でふたりは永遠にわかいけど、年表みたいなのを確認すると、犀川先生はむしろ私の両親と年が近いのだよなあ。萌絵ちゃんも今になおすと40代かな。

萌絵ちゃんは大好きだけど儀同世津子さんの「だってぇ…」っていう喋り方はキツかったっす!!森せんせいは声や喋り方は装飾でしかないから本質である「言ってること」をきちんと読み取れよとおっしゃいますけど、それでも慣れることはなかった。あと、先生の審美眼がビジュアル系寄りといいますか……美男子である、という描写をするとき必ずその男性がロン毛なのも辛かったです。ロン毛いやや。いややーーーー さいごに、萌絵ちゃんのお洋服の描写も「シックな」ってめっちゃでてくるけど、書いてある服装を想像するとぜんぜんオシャレじゃなかったり(笑) でもこれって重箱の隅突きすぎですね。真賀田博士に消されちゃう!

ついうっかりそういうとこに目がいっちゃいがちだけど、建築専門の助教授だっただけあって建物をつかったトリックの確かさが憎いです。コンクリートもつかってたよねえ。あとは萌絵ちゃんが遠心力計算したりとか。こういう知識のターンになると一気に「講義を拝聴モード」になってしまいます。森せんせいの文章は心なしか講義っぽい。犀川せんせいもそうだったはず。

そうそう、水柿助教授シリーズ読んだ時に気づいたんですが、森せんせいの小説を読む醍醐味は、圧倒的にバラエティ豊かな比喩表現に触れられることです。水柿ほど頻繁ではなかったけど、ほんとうに素敵でユニークな比喩がいっぱいあって幸せ。思考し、発想するってなんて素敵なんだろう。受け取ってばかりじゃなくて、自分でもやりたくなりますね。

お気に入りは8作目「今はもうない」、9作目「数奇にして模型」、10作目「有限と微笑のパン」。
とくに「今はもうない」は完成度が高くて、ここまで読んできてよかった!と涙がにじむかんじで感動しました。
作品の舞台が愛知・岐阜・三重なのも面白いよね。森せんせいの住んでるところを中心にかかれてるんだけど、このシリーズ読むまで岐阜と三重が名古屋からすぐいけるって知りませんでした。

最後に、この物語でなんども言われる、「感情を切り離して“機械のように”行動できるのがほんとうの“人間らしさ”なのでは」っていうのが好きです。んもう、まったくそんなこと考えたことなかったので、こういう言葉との出会いは大切にしたい。

さてさて、少し余韻が冷めたら次は、Vシリーズを読みましょう。沼に入りたてだから、これから長い間浸かれると思うとほんとうに幸せ……


ところで、ファンアートを描きました。ドラマのおかげで犀川先生は綾野剛で再生されたりしたのですが、それをふりきって(笑)自分の想像で描きました。犀川先生は誰が描いても同じかんじになると思うけど、萌絵ちゃんは人それぞれじゃないかな。
お話読んでる最中は、うっかり日ペンの美子ちゃんで再生してました。てへ。
あと刑事の鵜飼さんは気づいたら野原ひろしでした……私の脳みそめ……

カナペリ。


手芸部のブランド名決めたよ。

「kanapé-lit」(カナペリ)

フランス語で「canapé-lit」がソファベッドという意味なので、私はkanaだから頭文字をkにしました。カタカナにしても見た目がかわいいでしょう。

安易にフランス語をつかうことで小洒落た感じを演出している(つもりの)雑貨やアパレルなどを鼻で笑っていたりしたのですが、いざ自分で名前を考えると、仏語を使いたい衝動に勝てませんでした。アクセント記号をね、入れたいよね。

ハンドメイド事情は、試行錯誤を重ねているところです。つくれるものは増えてきたのだけど、いかんせん雑。ミンネやピンタレストなどで敵情視察をすると、もう完璧に綺麗な作品ばかりでため息がもれちゃう。すごいなあー。
いろんな作家さんたちが自由に好きなものをつくって交流する世界は、一見、キラキラ輝く女子の趣味ワールドってかんじがしますが、手の内を見せきらない殺伐とした戦場ともいえます。エゴがぎゅうぎゅうひしめいていて、アツイです。
飛び込んでいけるのか、私。

とりあえず今は、レコード型のピアスを作りたいのですが、選択肢がどんどん2液レジンだけになっていく……2液レジン怖いです。

自分のブランドの趣向やスタンスをしっかり確立するためにも、ブログもすこしこまめに書きましょう。

てしごと。


プラ板で傘

アクセサリー作りをはじめたら、一番なんでもできるのがピアスだと気付いたので試作品を増やしています。
レジンも粘土もプラ板もやりまくっている。ワイヤーもちゃんとやりたい。どんどん欲が出てきて、既製の型にレジンを流し込むのであ手作りとは言えない!と思ってしまうのだよねえ。のわりにまだまだ下手くそですが。 下手くそというより、焦ってしまうのだ。レジンはどろどろしているので流し込むまでに辛抱が必要で、さらに気泡を抜くための辛抱も必要。適当にできないんだよねえ。24時間で硬化するタイプのエポキシ樹脂は、まず調合がめんどう(笑)で、1g単位で測れるスケールしか持っていない私にはレベルが高すぎる。しゅん。

などと、手作りアクセサリーをはじめたら、不器用ぶりがどんどん露わになっていって楽しい。自分でつくると嫌でも自分の実力と向き合わざるを得ないのがよい。そしてそういう作業では、つくりのよい道具がほんとに頼りになります。KEIBAの精密なニッパーとペンチ類をゲットしたんですがほんとに綺麗だし細くて使いやすい。しかし私の技術がぜんぜん道具に追いついていない…(目下、9ピンやTピンを丸めるのがほんとにほんとに苦手)。
でも森博嗣せんせいも、小学生時にお母様が高価なドイツ製のニッパを買ってくれたとおっしゃっていたので、志を高く持つのはよいことなのです。道具たちに恥じない私に、なります!
ゆくゆくは販売もできたらなあ。。


やっつけアイスのピアス。
100均で樹脂ノンホールのピアスパーツが買えるようになって最高に嬉しいです。ピアスあいてないのよ。
アレルギー気味だからブレスレットも指輪もネックレスもやらないから、ピアス道を極めたい。ピアス、いくつあっても楽しいもの!

ハンドメイドのデメリットは机がいつでもゴチャゴチャしていることです。すみません、それは私の問題です。

お料理。

デトックススープに浸かる。

彼氏とふたりで住んでいる。料理はしないとな、せめて夕飯は、と思いつつも10時〜19時(遅くて21時まで)の勤務時間的に、疲れてお腹空いてると準備するのがおっくうなんである。仕事では17時〜19時の時間帯が相当イライラするし緊張するし力むので、終わったときのぐったり感たるや。
という理由をつけて、ときたま簡単につくるも外食ばかりの生活をしていた。
ちなみに彼氏は料理することに対して私よりも消極的だし、センスを培おうともしないので、私がしないと誰もしないのです。とてもきれいなシステムキッチンがあるのにだぜ。

今年の3月〜4月は、趣味が盛り上がってるのもあって、本当に本当に自炊する気が皆無!!であった。私の場合、月のものが始まるきっかけでバイオリズムの変動がある。3月のものが始まった瞬間、ガクンとパフォーマンスが下がり、終わっても戻らず、体が重たいままだった。なので毎日欠かさずコンビニか外食のいずれか。ザ・悪循環とはこのことである。

今月にはいってから、ようやく自炊したいかもなという気持ちがわく。そのときにツイッターでこの本を知る。

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しらす卵がけご飯最高です!
簡単でいいから続けようと思っていたわたしにぴったり。
そして同じ著者のこれ。

だし生活、はじめました。
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レシピで「だし・・・3カップ」とかでてくると「だし汁!!!!」とフリーズしてしまう私にとってかなりありがたい一冊です。 ようするにだし汁って本当になんでもいいんだな、いろいろチャレンジしてみたいな、と思わせてくれる素敵な本。
まだ高い昆布でだしとったことないけど、著者があまりにもだしを愛するので、それに感化されて味噌汁がもっともっと好きになった。今まで白だし一本でどうにか作っていたうどんつゆも、だしメインでやると本当にんめー!ってなりますね。

だしを愛でることでほっこり感を得る。
この感覚が自炊ムードの後押しにもなりました。

自炊をしているとなぜか自己肯定感が高まることにも気づく。反対に、コンビニやマクドナルド、すき家(だいすき)に頼ってばかりだと自己卑下が増しましになります。褒めてあげたくなる自分がいるというのは、精神衛生によいです。

それとやはり節約!が大きい。今はまだ賞味期限きれた調味料の買い直しとか、道具をもういちど揃えたりとかで出費がありますが、それを足してもふたり分の食費が外食時のそれとまったく違う!というのが、節約ゲームみたいなかんじで楽しめますね。
思い切り外食しまくった後だからこそ実感が大きいのです。作りたくない期に徹底的にだらだらしたのは正解でしたw まずいものを作ってしまったりしてもいいかなとなるし。本当に、大それたものはまったく作れないし、レシピ本やネットに頼りまくってもたもたするけれど、料理をできるだけ楽しんで続けていこうと思います。

ローラや玉城ティナちゃんたちみたいなガチ勢は夢のまた夢だけど、ダレノガレちゃんのお料理あたりだと気軽に試せるかんじがします。
ちなみに今夜は作り置きフィーバーしたおかげでタダで食べられて、ほんとうにほんとうに嬉しい……